対話を成立させる
中学数学や高校数学をどのくらい難しく感じるかは、人によって違います。
ある人が10秒以内に分かることも、他の人が分かるのに30分以上かかることがあります。また、ある問題を解いてから1時間たったとき、まだ解ける人ともう解けなくなっている人がいます。
例えば、2次関数の平方完成について、高校1年生で中3数学の2次式の展開や因数分解ができたとしても、人によって、慣れる以前にやり方を理解するための計算練習が必要だったり不要だったりします。
中学数学や高校数学のカリキュラムや勉強のやり方などについて話し合う際、得意な人と苦手な人が互いの違いを理解しておかないと、対話が成立しません。
三角関数について対話が成立しないこと
三角関数には、次のような「公式」が大量にあります。
- $\sin(-\theta)=-\sin\theta$
- $\cos(-\theta)=\cos\theta$
- $\sin(\pi-\theta)=\sin\theta$
- $\cos(\pi-\theta)=-\cos\theta$
- $\sin\left(\dfrac{\pi}{2}-\theta \right)=\cos\theta$
三角関数が苦手な人は、「公式をこんなにたくさん覚えられない」と言います。それに対して、得意な人が「定義の図を覚えれば済むのだから、1つ1つの公式を覚えなくてもよい」と言うことがあります。
もし苦手な人にとって本当に定義の図を覚えれば済むのなら、「公式をこんなにたくさん覚えられない」とは言いません。「公式」を覚える必要がないなら、覚えることに苦労することもありません。
文章の目的
三角比や三角関数が分からず、困り果てている人は、何が分からないのか自分で説明できないはずです。
私は、高校数学の三角比や三角関数について、普通のワークに出るような計算問題くらいならできるようです。その程度ならできる人が外から見て分かる限りで、三角関数が難しい・分からないと感じる人にとって、具体的に何が難しそう・分からなそうなのか、あまり深入りせず簡単に説明します。
ここでは、三角比や三角関数が分からなくて困っている人を高校普通科の2年生であると想定しています。
小学校の算数
数直線
数直線に関する規則には、次のようなものがあります。
- 大きい数を右の方に書く。
- 数を差に比例する距離で並べる。
(比例に関しては、状況によるとは思います。)
例えば、1と4の差は3、1と7の差は6です。そのため、数直線上では、1と4の距離が1と7の距離の2倍になるように、4を1より右に、7を4より右に書かなければなりません。
高校生の中には、この規則が身に付いていない人もいます。
分数
分数の大小関係
次のような分数の大小関係が分からない場合があります。 \[\dfrac{1}{3}<\dfrac{1}{2}<\dfrac{2}{3}<1\]
帯分数のような形
次のように、分数を整数と分数の和や差に分解することができなかったり、できるとしても5秒以上かかったりする場合があります。
\[\dfrac{5}{3}=1+\dfrac{2}{3}\] \[\dfrac{11}{6}=2-\dfrac{1}{6}\]三角形の性質
次の三角形の基本的な性質を知らないことがあります。
- 二等辺三角形
- (特に)直角二等辺三角形
- (特に)正三角形
角度
次の3つの角のうち、大きさが45°に最も近いのはどれか、見た目で判断することができない場合があります。
円
半径1cmの円の中心をOとします。円周上に点Bをとったとき、線分OBの長さが分からない場合があります。
比の計算
下図において、ABの長さを9とします。また、AB:BC=3:4とします。
このような問題で、BCの長さを求められない人、求められるとしても時間がかかる人もいます。
比の計算が難しい人は、地域内偏差値が60以上の高校にもいます。
中学校の数学
平方根と大小関係
次の大小関係を判定できない場合があります。\[1<\sqrt2<\sqrt3<2<\sqrt5\]
円と扇形
半径1cmの円の円周の長さを求められない場合があります。
また、扇形の弧の長さについて、比に基づいた計算をすることになります。半径1、中心角45°の扇形は、半径1の円を8等分したものなので、弧の長さは$2\pi\times \dfrac{1}{8}=\dfrac{1}{4}\pi$となります。この計算ができない場合があります。
半径1、弧の長さが$\dfrac{3}{4}\pi$の扇形が半円を4等分したうちの3切れ分になると分からない人もいます。
座標
数直線を読んだり描いたりすることができるとしても、座標の読み取りなどができるとは限りません。
点
点(2,3)を図に描き入れるとき、下図のように点を2つ打ってしまうことがあります。
下図のように、直線と$x$軸との交点をAとしたとき、Aの$y$座標が分からない場合があります。
直線上の点
「直線$2x+3y=5$」という言葉について、グラフを斜めに引くことができても、「$2x+3y=5$を満たす点の集まり」ということを上手く認識できないことがあります。
この直線上の点のうち$y$座標が$3$のものを知りたければ、直線の式に$y=3$を代入して$x$座標を求めることができます。このような計算ができないことがあります。
相似
普通科の高校生で「相似」という用語を知らない人もいます。
また、相似な図形について辺の長さを求める際に、比の計算をすることがあります。その計算ができないことがあります。
円周角の定理
普通科の高校生で「円周角の定理」という用語を知らない人もいます。
円周角が直角のとき、中心角が180°になります。180°の角はまっすぐなので、角として認識するのが難しい場合があります。
三平方の定理
普通科の高校生で「三平方の定理」という用語を知らない人もいます。
直角二等辺三角形の辺の長さの比を$1:1:\sqrt2$と暗記したとしても、次のような理由で、どの辺が1でどの辺が$\sqrt2$なのか判断することができない場合があります。
- 直角三角形では、斜辺が最も長いということが分からない。
- $1$と$\sqrt2$の大小関係が分からない。
$1:1:\sqrt2$や$1:2:\sqrt3$を知ると、全ての直角三角形がこの辺の長さの比を満たすと思い込んでしまうことがあります。
三角比
最初の定義
筆記体のsを知っている高校生は、あまりいないと思います。
直角三角形において、$\sin$、$\cos$、$\tan$がどの辺を分母にして、どの辺を分子にしたものなのか、覚えるのに1週間以上かかる場合があります。
また、覚えたとしても、下図のように直角三角形がひっくり返っている場合、分からなくなってしまうこともあります。
いわゆる「有名角」に対する値を導出するのにかかる時間
三平方の定理の$1:1:\sqrt2$や$1:2:\sqrt3$を覚えた上で、$\sin$、$\cos$、$\tan$がどの辺とどの辺を組み合わせたものかも覚えたとしても、$\sin 60^\circ=\dfrac{\sqrt3}{2}$や$\tan 45^\circ=1$とすぐに出せるわけではありません。
人によっては、「$\sin 60^\circ=$」とペンで書きながら、一瞬で$\dfrac{\sqrt3}{2}$と出せます。このような人は、「$\sin 60^\circ=\dfrac{\sqrt3}2$」と書く間に手が止まりません。外見上、暗記しているのと区別がつきません。
他方、人によっては、直角三角形を見ながら考える必要があります。もちろん、何度も同じ図を描かなくても済むように、予め、直角二等辺三角形と正三角形を半分にした直角三角形を紙に描いて、辺の比を書いておきます。そのような工夫をしたとしても、「$\sin 60^\circ=$」と書いた後、3秒以上たってから「$\dfrac{\sqrt3}{2}$」と書く場合もあります。
三角比が得意な人は、「三角比の表」を暗記することに否定的だろうと思います。しかし、人によっては、三角比の導出を繰り返しても速くならないため、「三角比の表」を暗記することも有効になってきます。
円による定義
定義の図
三角関数について、普通は、$\sin\theta$と$\cos\theta$の定義の図を覚えなければなりません。
アナログ時計から類推しやすいように、OPを半直線ではなく線分にしてあります。直線$x=1$を引くと、図が複雑になり、覚えるのがより難しくなります。
数学の得意な人は「定義の図を覚えれば済む」と言うかもしれません。しかし、人によっては、この図を覚えること自体が大変です。
そして、(上の図で言えば、)Pの$x$座標が$\cos \theta$、$y$座標が$\sin\theta$ということも覚えなければなりません。
また、人によっては、図を覚えたとしても、線分OPが時計の針のようにぐるぐる回るということが分かりにくいことがあります。$\theta=135^\circ$としたときにも、上の図(Pが第1象限にある図)を描いてしまいます。
弧度法
弧度法に従って線分OPをぐるぐる回す際、人によって色々やり方があるとは思いますが、1つのやり方として次のようなものがあります。
- $\dfrac{\pi}{4}$は、半円を4等分した1切れ分。
- $\dfrac{2\pi}{3}$は、半円を3等分したうちの2切れ分。
- $\dfrac{17\pi}{6}$は、$3\pi-\dfrac{\pi}{6}$なので、反時計回りに1周半してから、時計回りに$\dfrac{\pi}{6}$。
$2\pi$が円1枚分、$\pi$が半分だと分かったとしても、$\dfrac{\pi}{4}$が$\pi$を4等分したうちの1切れ分と認識したり、$\dfrac{17\pi}{6}=3\pi-\dfrac{\pi}{6}$と分解したりできないなら、この方法はできません。
『ケーキの切れない非行少年たち』には、次のような事例が挙げられています。
- ホールケーキを3人に分ける際には、普通、上から見たときに1切れが中心角120°の扇形になるように切るものだ。
- それが分からない人がいる。
(洋菓子店や喫茶店の中でホールケーキを中心角が120°の扇形に切って売っている所は、多くはないのではないかと思います。そのため、ホールケーキを3等分する際にそのように分けるのが普通なのかは、私も分かりません。)
この事例が話題になるのを見て、高校数学が得意な人の中には、次のように考えるようになった人がいるかもしれません。
- $n=2,3,4,6,8,12$のとき、円を中心と円周上の点を結ぶ線分で中心角$\dfrac{360^\circ}{n}$の扇形に等分することは、常識では簡単だとされているらしい。
- よって、弧度法も、「有名角」に限れば、常識では簡単だとされているはずだ。
実際には、人によっては、ホールケーキを等分することが簡単でも、弧度法が難しいということがあります。
いわゆる「有名角」に対する値を求めるのにかかる時間
人によっては、「$\sin \dfrac{5}{3}\pi=$」とペンで書きながら、一瞬で$-\dfrac{\sqrt3}{2}$と出せます。このような人は、「$\sin \dfrac{5}{3}\pi=-\dfrac{\sqrt3}2$」と書く間に手が止まりません。外見上、暗記しているのと区別がつきません。
他方、そうでない人もいます。毎回、座標軸と円を見ながら考える必要があり、値を求めるのに3秒以上かかります。
いわゆる「有名角」でない角
$\dfrac{\pi}4$と$\dfrac{\pi}3$の間にも角度があります。その角度の1つを$\alpha$とすると、$\dfrac{1}{2}< \cos\alpha < \dfrac{1}{\sqrt2}$となります。分からないけれど何か値があるということは、人によっては、難しく感じます。
公式
点$\left(\cos\theta,\sin\theta\right)$と点$\left(\cos(\theta+\pi),\sin(\theta+\pi)\right)$は、原点に関して対称な位置にあります。
これが難しく感じる人もいます。
加法定理
分配してしまう
次のように分配してしまうことがあります。\[\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha+\sin\beta\]
「2倍角の公式」と「半角の公式」
「2倍角の公式」「半角の公式」は要らないのに教科書に書いてあるという問題は、ここでは扱いません。
いわゆる「2倍角の公式」
人によって、次のような違いがあると思います。
- 加法定理も「2倍角の公式」も暗記する。
- 加法定理は暗記した。「2倍角の公式」は暗記するつもりはなかったが、繰り返しているうちに暗記してしまった。
- 加法定理は暗記するが、「2倍角の公式」は暗記しない。
- 加法定理も「2倍角の公式」も暗記せず、その場で導出する。
2~4番目の人の大多数は、次の計算を暗算ですぐにできるのだろうと思います。
$\sin^2\theta+\cos^2\theta=1$から、$\sin^2\theta=1-\cos^2\theta$である。
$\begin{aligned} \cos 2\theta&=\cos(\theta+\theta)\\ &=\cos\theta\cos\theta-\sin\theta\sin\theta\\ &=\cos^2\theta-(1-\cos^2\theta) \\ &=\cos^2\theta-1+\cos^2\theta\\ &=2\cos^2\theta-1 \end{aligned}$
統計を見ないと分かりませんが、加法定理の計算問題ができる高校2年生でも、この計算を難しいと感じる人がかなり多いのではないかと思います。この式変形にかかる時間が30秒・1分と長くなるにつれて、公式を暗記した方がよいと考える人が増えていくはずです。
また、$\cos2\theta$の2倍角の公式は、3パターンあります。人によっては、その使い分けを難しく感じます。
いわゆる「半角の公式」
人によって色々やり方があるとは思います。$\cos$の式を作る1つのやり方として、「$\cos 2\theta=2\cos^2\theta-1$」を作ってから、両辺に1を足して、両辺を2で割るというのがあります。
$\begin{aligned} &\cos 2\theta=2\cos^2\theta-1\\ \iff &\cos 2\theta+1=2\cos^2\theta\\ \iff &\dfrac{\cos 2\theta+1}{2}=\cos^2\theta \\ \end{aligned}$
等式変形が苦手な人にとっては、「両辺に1を足して、両辺を2で割る」というのが難しく感じられます。
教科書などには、\[\cos^2\dfrac{\theta}2=\dfrac{\cos \theta+1}{2}\]と書いてあります。これと\[\dfrac{\cos 2\theta+1}{2}=\cos^2\theta\]が公式としては同じであるということは、人によっては、かなり難しく感じます。